大好きだったベーグル屋が

大好きだったベーグル屋が、突然マズくなっていた。




もともと東京で人気を博していたベーグル専門店。

自分の地元にも、数年前にデパ地下に一軒、

二年ほど前に路面店に一軒、合計二店舗があり、

若い女性を中心に人気を上げていった。




たくさんの種類の中でも、"十五穀"というベーグル

が大好きだった。



穀物の風味がとても豊かで、ずっしりと重たく、

噛むほどに味わいが増す、素晴らしいベーグルだった。





昨日、街に出たついでに久しぶりに店で買って、

会社に戻り、珈琲を淹れて、ワクワクしながら食べた。




・・・・・ずっしりと重たく味わい深い、あの食感は、

いったい何処へいったのやら。



スカスカで、やわらかく、味わいもなく、ただ、マズい。

まるでキツネにつままれたような感じにおそわれた。




一緒に食べた仲間の女性が、



"ふくらし粉が増えたね、もうこれ、美味しくないね"



と言った。




つまり、粉でふくらませて空気を増やし、スカスカになり、

そのぶん原価は下がったが、味も下がったということ

なのだろうか。




売上が悪く、儲けを増やすため、泣く泣く原価を下げた

というパターンなのかもしれない。



もし、そうだとしたら、悲しいことだ。




そして、自分にも責任を感じてしまう。




そんな事態になる前に、もっともっと、あの店の大好きな

ベーグルを、たくさん買って、お店の売上に貢献すべき

だったのだ。




そうすれば、こんな悲しい思いをせずに済んだろう。






大好きな食べ物の味が変わってしまったり、

大好きなレストランの味が変わってしまうのは、

とても悲しいことだ。





十二年ほど前、会社の先輩に連れられて、ある

ラーメン屋に行った。



"秘伝のたれ"で有名な、唐辛子ベースのラーメン。



はじめて食べたときの、あの美味しさと衝撃は

いまでも忘れられない。




食べた翌日に、友人達を連れていった。

どの友人達も、そのラーメンの美味しさに魅了され、

週に一度は食べにいくほどだった。




自分など、夜に食べたあと、また夜中に食べたく

なって、わざわざ起きて食べにいったことがある。



それほど美味かった。





ある日、友人から電話があった。すぐ店に来いという。



いつものようにラーメンを食べた。



まったく違う味になっていた。



味うんぬんの前に、麺も違うし、スープも違う。ネギも違う。




あまりのショックに、店を出たあと、裏口から

店長らしい人物に声をかけ、説明を求めたところ、

"経営者が変わった"のだと、こっそり教えてくれた。




味や材料が変わってしまったのも、その経営者の

判断なのだろう。



マズい、とまではいかないが、以前の味と比べると

月とスッポン、巨像と蟻、雲泥の差だった。




超絶美味だった秘伝のたれは、ただの味の素の

塊りになってしまった。





その後、このラーメン店は破竹の勢いで店舗を増やし

いまや全国知名度までになっている。




だが、以前の美味しさを知っている人間は、

この店の暖簾をまたぐことはないだろう。






美味しい食べ物に出会ったとき、

その美味しさに喜ぶのと同時に、

その味が永遠に変わらないことを祈る。





END