なぜこんなに空耳が聞こえて

なぜこんなに空耳が聞こえてしまうのだろう。




自分は、どちらかというとよくしゃべる方だが、

同時に、人の話も結構しっかりと聞く方だ。




しかし、人の話を聞いているうちに、よく、

空耳にハマってしまうことがある。



言葉を、間違って聞き取ってしまうのだ。




人が言っている言葉が正確に聞き取れない、

ということは、言っている意味が正確に伝わらない

わけで、おのずと会話が成り立たなくなる。





昨日も、食事が終わったあとに、通い慣れた

レストランバーへ行き、ギネスを飲んでいた。



オーナー夫婦には小学6年生になるかわいい

男の子がいるのだが、最近その子が、

お父さんと一緒にお風呂に入ってくれなくなった、

という。



彼はとてもショックだったらしく、こう言った。



「もうあいつと風呂に入れないと思うと、悲しくてね。」



うんうん、と頷きながら、

彼を励まそうと、何か話をしようとしたところ、

自分より先に、彼の奥さんが相槌を打った。




「それが父ちゃんの楽しみだったのにねえ・・・」




それを聞いて、えっ?何で?と、一瞬、驚いてしまった。




自分には、その言葉が、



「それ加藤茶のネタの締めだったのにね・・・」



と聞こえたのだ。




いや、おかしい、そんな言葉が出るはずはない、と、

すぐにそのシーンを振り返り、

あ、なるほど、父ちゃんの楽しみ、と言ったのか、と

正しい言葉を思い起こすことができた。

そのことで一瞬、時間がかかってしまったが、

すぐに、彼を励ます言葉を思い出し、無事、

会話をつなぐことに成功した。



おお、ぎりぎりセーフ、といった感じだった。





セーフではなく、アウト、になってしまったこともある。





高校時代の友人と4人で、麻雀をしていた。



その日、異様にテンションが高く、皆しこたま

酒を飲んでいた。



そのうち、自分を含めた3人は、酒の勢いで

大騒ぎしながら、やれポンだ、やれチーだと、

鳴き合戦になってきた。が、あとのひとりが、

ポツリとも会話せずに、黙々と打っていた。



なんだ、こいつダマで張る気か、と、彼を横目で

睨んでいたら、彼が、ボソリとつぶやいた。




「・・・やっぱ美白・・・」




はぁ?美白?こいつ何言ってんだ、おかしいぜ!

と、彼の頭や背中を何回も引っぱたいて笑った。




次の瞬間。



彼は、うつろな表情で、雀卓に向かって、

胃の中の物をすべて吐き出した。




いやもう、麻雀どころではない。

雀荘のオバちゃんがなにやら喚きながらやってきて、

もう出てってくれ!と怒り出し、全員外に出された。




足取りもおぼつかず朦朧としている友人を支えながら、

あのとき彼は、




「・・・やっぱり吐く・・・」とつぶやいたのだ、と解った。




それを聞いてすぐにトイレに連れていけば、こんな

事態にはならなっただろうに、と、自分の空耳に

心から憎しみを感じたことを今でも覚えている。





いや、もっと深く記憶に残っている空耳がある。





10年来の知り合いから誘われて、ある異業種

交流会に参加していたことがある。その会に、

自分と同い年の男がいて、彼と非常に

仲良くしていたのだが、ある日、彼の会社の上司、

という女性が、ちょっと挨拶というノリで参加してきた。



齢60は過ぎているであろう女性で、派手な服を着て、

両手にはゴロゴロと指輪をはめ、真っ赤な口紅を差し、

極太の筆で描かれたような顔をした強烈な女性だった。




会の主催者も、その女性にちょっと恐れをなしたようで、

まずは軽く、



うちの会の○○くんの上司、でいらっしゃるようですね、



と聞いてみたところ、その女性は、にっこり笑いながら、



わたしなんか、こんな派手なオバサンでしょ?彼の

眼中にも入ってないと思いますけど、一応上司だから、

今日は彼の隣に座らせていただきますね。嬉しいわ。



と、ユーモアたっぷりに答えたものだから、

周囲もホッと胸をなでおろし、それから先は酒と食事と

笑い声で盛り上がってきた。




会も半ばに差し掛かったころ、メンバーのひとりが、

○○くんは会社でもモテるんでしょうね、

と、その女性に聞いたところ、

それはもう、彼は優秀だし顔もいいし、モテてますよ。

との返事で、周囲はヤンヤヤンヤと彼をもて囃した。





だが、次の彼女の言葉が、自分を驚愕させた。




「実は、彼、王子様なの。わたしオツボネなの!」




彼女が満面の笑みでそう言った瞬間、

回りは大爆笑に包まれた。



王子様、と言われた彼のほうも、

そんなこと言わないで下さいよ、と顔を真っ赤にして

照れ笑いをしながら下を向いていた。





笑いにつつまれたその場に、自分はひとり、

驚愕の表情で固まっていた。

なぜ、みんなそんなに爆笑できるんだ?と疑った。




彼女があのとき、何といったのか、その正確な言葉が

解ったのは、それからかなり後のことだった。




あのとき、自分には、間違いなく、こう聞こえたのだ。




「実は、彼、王子様なの。わたしのツバメなの!」




・・・解説するまでもないと思うが、ツバメとは、

年増女に養われている若い男、という意味である。



その言葉を聞いた瞬間、すぐに○○の顔を見た。

ツバメ、と言われて、なぜか照れ笑いをする彼。

その彼と、上司のオバサンを囲んで、笑い声に

耐えない仲間たち。まったく意味が解らない。

○○、お前はこんなオバさんのツバメだったのか。

なぜ俺に黙っていたんだ・・・。笑いものにされて、

お前は悔しくないのか。




自分は、この会には合わない、と思い、それから

数ヶ月、誘われても顔を出すことは無かった。





・・・今考えると、何てお馬鹿な空耳だったのだろう、と

反省してしまうが、空耳というものは、自分にとって

非常に怖い存在なのである。




いま自分は、あの時の会よりも、もっともっと楽しい

異業種交流会に参加させてもらっており、魅力的な

先輩や仲間達に囲まれている。




その大切な環境を失わないために、早いところ

空耳を克服したい、と、本気で考えている。





END