こんなに燃費の悪いクルマは

こんなに燃費の悪いクルマはもうウンザリだ、と思わざるを得ない。




町乗りでリッター2.5キロ、高速メインで走っても3.5キロ、



という有様である。



ここ一ヶ月、梅雨の只中でクーラーを全開に効かせて走り、

昨日、恐る恐る燃費を計ってみたところ、

どうも2キロを切りそうだと知って、目が眩みそうになった。




車体重量が2.5トンもあり、その操作性の悪さは折り紙つきだ。

しかも、驚くほどサスペンションが硬く、

飲まずに酔えるほどに乗り心地が悪い。



友人とゴルフで遠出するのに、

快く、自分がクルマを出して迎えにいこうかと伝えたところ、

「君が運転してくれることには感謝する、が、君のクルマは

乗り心地が悪いので、僕のクルマを運転してくれたまえ。」

などと言われる始末である。




まあ、悪い点ばかりでなく、いい点もある。



いつもの通勤道に、細い路地を通るのだが、

前方からのクルマと鉢合わせになったときに、まず間違いなく、

相手のクルマがバックして道を譲ってくれる。

これは気持ちのいいものだ。



ある時など、前方から怖そうなお兄ちゃん2人が乗っている

ピカピカのジャガーが向かってきたので、

こっちが意識的に道を譲ろうとしてバックギアに入れたところ、

そのジャガーのほうがあっさりと道を譲ってくれた。



そのすれ違いざま、

「ゲレンデのアーマーゲーやん、初めて見た〜、シビィ〜!」

という声が耳に入ってきたのだ。




もしもあの日、下痢で腹痛を抱えて運転してさえなかったら、

すれ違いざまに運転席の窓から顔を出し、

「俺も、こんなにカッコいいクルマに乗るのは初めてさ!

でも、こんなに燃費が悪く、乗り心地の悪いクルマも初めてさ!」

と、彼らに自慢気で言ったことだろう。





AMGG36』。

"ベンツのアーマーゲーのゲレンデ"と言うほうが、

よりポピュラーかもしれない。



このクルマ、かなり希少らしい。

これまで1年間走ってきたが、

ただの一度も同型のクルマにお目にかかったことがない。



社歴20年のヤナセの担当さんも、

このクルマを見るのは3回目だ、という。

その証拠に、あるパーツを取り寄せてもらったところ、

1週間程度で手に入るでしょう、と言っておきながら、

どうもそれが知識不足であったらしく、

結局2ヶ月を要してドイツから空輸で取り寄せ、という

事態になったこともある。



そのヤナセの彼に、なぜこのクルマは

こんなに燃費が悪く、こんなに乗り心地が悪いのかと、

やり場のない不満をぶつけたところ、



「・・・確かに、他の乗用車に比べると、劣る部分があります。

ですが、そもそも乗用車と比べてしまうからいけないのです。

トラックと比べて下さい。

私も仕事でトラックを運転しますが、あの燃費の悪さと

乗り心地の悪さに比較すれば、

このクルマもそう嘆くものでもありませんよ。」

という答えが返ってきた。



・・・乗用車ではなくトラックと比較するという、

支離滅裂な話をしてまで自分を慰めてくれたのだと思うと、

じつに感謝と怒りの念に堪えなかった。



だが、その後、インターネットのメルセデスの公式サイトで

よくよく調べてみたところ、なんと、このクルマは、

"モービル"ではなく"トラックター"に該当するクルマだと判明した。



その昔、NATO軍からメルセデス社に、

武器弾薬を運ぶための小型のトラックを製造して欲しい、

との申し出があり、

以来、このクルマは世界の戦地で活躍している、とある。




確かに、戦地の悪路を走るためにはサスを硬くするだろうし、

攻撃に耐えるための装甲を厚くする目的で、

おのずと車体重量も増えたのだろう。



しかし、自分としては、

毎日の通勤に悪路を走ることもないし、攻撃を受ける心配もない。



かといって、

通勤前に、山や川へ入って悪路を走り回ったりすることもなければ、

対向車線を向かってくるバスを見ながら、

もしもあれが過激派の乗り込んだバスで、いきなりこのクルマに

機銃掃射を浴びせてきたら、装甲は本当に大丈夫なのだろうか、

などと妄想するほど、クルマ好きでもない。

"戦地に強い"という利点は、まったく生かされていないのである。





まあ、乗り心地などはともかく、

燃費の悪さというものは、精神的に耐え難い。



ガソリンスタンドで一回に払う金額が約14.000円。



驚かれるかもしれないが、ハイオクで100リッター前後を入れると

単純にこういう金額になる。



この出費のたびに、

もうこのクルマには乗るまい、軽自動車にしよう、と心に誓う。



たまたま、会社の仲間に軽自動車を所有している者がいるので、

自分のクルマのガソリンを満タンにして、心がくじけたあとに、

よく仲間の軽自動車を借りる。その翌日からは、

快適で乗り心地の良い走りを堪能する日々を送るのだ。




そして、いつもの通勤道の、細い路地を走る。



前方からきたクルマと鉢合わせになり、

こっちが知らぬ顔をして静止していると、

"お前が道を譲れ"と言わんばかりに、クラクションを鳴らされる。

ハッとして、

そういえば今日は、軽自動車を運転しているのだと思い出し、

慌ててバックして道を譲り、顔をうつむかせながら、

相手のクルマが脇を通りすぎるのを待つ。



その運転手の、悠々とした表情を横目で見やりながら、

明日は、絶対に道を譲らせてやる、と、心に誓うのだ・・・。






END