虫歯になったことないよ、と

虫歯になったことないよ、と、一昨日、

久しぶりに会った地元の友人達に話したところ、

とても羨ましがられた。




虫歯になったことが一度もないので解らないのだが、

歯痛というのは、実に痛いものらしい。




昔、職場の部下に大事な仕事を任せていたのに、

急に、歯痛で仕事ができそうもないので休ませてほしい、

という電話が入ったので、

虫歯で休むなよ!と、電話口で怒鳴りつけたことがある。

その電話を切ったあとに、周囲から猛攻撃された。

歯痛で仕事ができない、というのは、よほどの痛みでしょう、

それなのに怒鳴りつけるなんて、ヒドイですよ!

というのだ。

そのことを、今の会社の仲間に話したところ、

ひどい歯痛の時というのは、精神的にもバランスがくずれ、

仕事はともかく、人に会うことすらままならない状態になる、

という。

もしも、俺がその歯痛の部下の立場で、

もしも君に目の前で怒鳴られているとして、さらに、

なぜか近くにナイフがあったとしたら、

俺はそれを手にとって、君を滅多刺しにすると思う。

などと言う仲間までいた。

虫歯とは恐ろしいものだ。




でもなぜか、これまでの人生で、

「わたしも虫歯になったことがないよ」

と言ってくれる人に出会ったことが、ただの一度もない。

そして、これからも出会わないことを祈っている。




それには、ちょっとしたワケがある。




実は昔、

虫歯だけじゃなく、肩こりになったことも無かったのだ。

このことも、回りの人から、実に羨ましがられた。

まあ、肩こりで仕事を休む、というまではいかないだろうが、

サラリーマンの内勤になると、パソコン仕事が多いので、

肩こりのひどい人は、夕方から仕事が進まなくなるらしい。

そのことを会社の仲間に話したところ、

その中の一人がこう言ったのだ。




「僕も昔は、まったく肩こりには縁がなかったけど、

最近、急に肩がこるようになったんだよね。

ほんと、突然だったんだよね。だから君も、突然、

肩こりがくるかもしれないよ。」




そんなことを言われてしまうと、

本当に肩こりになってしまいそうな気がして、

その日はずっと自分の肩を意識しながら生活し、

シャワーのときも、肩に重点的に温水を当てて、

寝るときも、なるべく肩に負担のかからない体勢をとり、

いろいろと思案して眠りについた。




すると翌日。




突然、肩こりが始まったのだ。




人間の自意識というのは怖いものだ。

こんなにすぐに肩こりになってしまうなど、想像もしていなかった。

・・・・いや、なんとなく想像してしまったからこそ、

肩こりになってしまったのだろう。

もう、とにかく痛くて痛くて、

パソコンのキーボードを叩く衝撃にすら、痛みを感じるほどだ。

他の誰を恨みようもないので、

余計なことを言ってくれたその仲間を、

ネチネチと恨みながら仕事をしているのだが、

そんなことをしても肩こりが治るわけでもない。




この肩こりが、あの日の自意識から生まれてしまったものなら、

治す方法はひとつしかない。

「ある日突然、肩こりになってしまった、

でも、その後に突然、治ってしまったよ。

だから君も、突然治るかもしれないよ。」

と言ってくれる人に巡り合う。これしか方法はない。




まあ、

そんな人に出会うチャンスが薄いことぐらい分かっているので、

この肩こりとは一生付き合い続ける覚悟は出来ているのだが、

もうひとつのほうが問題だ。




もし目の前に、自分と同じように、

これまで一度も虫歯になったことのない人が現れて、




「突然、虫歯になっちゃったよ。もしかしたら、君も・・・・」




いやいや、そんな想像をするのは、やっぱりやめておこう。

自意識を、捨てるのだ。





END